2013年5月24日金曜日

クライバーン・コンクール予選第1日目

いよいよ第14回クライバーン・コンクール本番が始まりました。予選のまる一週間は、朝11時から夜の10時過ぎまで、1日9人のリサイタルがあります。集中力を保って聴くのも大変だし、昼食・夕食の時間が1時間半ほどしかないので、近くのお店に入ってもそうゆっくりしていられず、忙しいことこの上なし。これでは、誰かにインタビューしたいと思っても、実際の演奏を生で聴こうと思ったらこちらの時間がない。まあ、クライバーン・コンクールについてもう一冊本を書くことがあるとは思えないので、ともかくは、演奏自体を体験することを最優先しようと決め込みました。

前回と同じく、今回の私の席は最前列から4列めのど真ん中、ピアノの側面からまっすぐのあたりで、残念ながら演奏者の手はほとんど見えない位置。ネットで注意して見ると、客席にカメラが向いたときにときどき私の姿が見られます。前回隣の席でずっと一緒だったジェリーについては拙著で書きましたが、今回も彼とはあいだにひとつ席を置いたところに座っています。他にも、クライバーン・コンクール名物の、いつもアロハシャツを着ている大きなサンタクロースのようなRon DeFordさんも、同じ列にいますし、4年前から顔を覚えている人たちや、アマチュア・コンクールの参加者も何人も会場にいます。これはまさに、ひいきのスポーツチームを応援に試合があるたびにやって来ては顔を合わせる人たちのコミュニティのよう。


さて、抽選で最後に名前を呼ばれたが故に演奏順が初日の最初になってしまったのがClaire Huangci。技巧だけでなくきわめて高い芸術的成熟度が要求されるベートーベンのソナタ第28番から始めるという、勇気あるプログラミングでした。とてもきちんとしたいい演奏でしたが、どうも、音の鳴りがいまいちな印象。これは、演奏順が最初ということが大きいのではないかと思いました。こうした大きな舞台で聴衆を前にした生演奏というのは、まさに生もの。演奏者の本来の腕前は、ホールの空気や、聴衆の集中度などに呼応して、膨らんだり縮んだりもするし、楽器そのものも、その空間でしばらく演奏されているうちにだんだんと響きがよくなってくるものです。だからこそ、演奏者の緊張は別にしても、やはりコンクールで最初に演奏するというのはとても難しいものだと思います。実際、今日一日の演奏は、もちろんそれぞれの演奏のよしあしはいろいろでしたが、「鳴り」という意味では日がたつにつれて大きくなっていったように感じました。

今日はなぜかイタリア勢の演奏が多く、今回参加している6人のイタリア人のうち4人が今日演奏しましたが、彼らの演奏はアメリカやアジア出身のピアニストたちとはなにかひと味違います。いわゆる正統的な解釈とはちょっと違うこともよくあるけれど、ひとりひとりがこだわりのある独特の音楽性を持っているのです。独特すぎてコンクールのような舞台には向かないと思われる解釈もあるけれど、聴いていて退屈はしない。といったわけで、とくに今日演奏した4人のイタリア人のうち、Beatrice RanaLuca BurattoGiuseppe Grecoの3人は今日全体のトップに入ると思いました。

そしてまた「うわ!」という演奏だったのが、ジュリアード在籍中のSteven Lin。オーディションを聴きに行ったジェリー氏が、「演奏順が最後の最後だったけど、疲れてきている聴衆全員が目を一気にさまして終わるなり総立ちの拍手になるようなすごい演奏だった」とメールで報告してきていたのですが、たしかに今日の演奏もすごかった。バッハでもメンデルスゾーンでも、音の構築や層の重なりがとてもはっきりしているし、最後に弾いたVineの現代曲は、決して耳に馴染みやすい曲ではないにもかかわらず、彼の演奏だととてもわかりやすい。2009年のハオチェンや、ヨルム・ソン、そしてディー・ウーの演奏に感じた、一種のスター性を感じる演奏でした。そして、演奏にはもちろん無関係だけれども、言わずにはいられないくらい、彼は容姿がキュート。嵐のメンバーか韓流ドラマのスターかと思うような顔をしているし、お辞儀をするときの様子なんかはとにかく「キュート」というより形容のしようがない。私の周りに座っていた女性たちなみんな口々に「キュート」の単語を口にしていました。

他の人たちの演奏も、これといって非があるようなものはひとつもなく、どれもたいへん高レベルなものでしたが、ここまでみんなが高レベルだと、私のようにそれほど高度な音楽的知識をもっているわけではない聴き手にとっては、誰が上手いとか上手くないとかいうよりも、単純に「心を動かされる演奏か」「この人の演奏をもっと聴いてみたいと思うか」を基準に判断するしかありません。しかし、予選の前半だけでもまだあとまる2日半もあります。明日も頑張って聴かねば!

ちなみに、コンクールのチケットすべてとその他のアメニティをまとめて購入する定期会員がワインなど飲みながら休憩時間を過ごせるラウンジが、ホールの道向かいに設置されているのですが、そこで今日見つけたのが、クライバーンのロゴの入ったM&Mチョコ。なんだか妙に感心してしまったので、写真を載せておきます。