2013年5月29日水曜日

予選第2段階3日目

さて、予選第2段階も後半に入りました。今日は、1回目の演奏で度肝を抜かれたAlessandro DeljavanとFei-Fei Dongの両方の演奏があり、私はおおいに注目していたのですが、これがなかなか、「こうだった」と言い切れない複雑な結果になりました。こういうことがあるからこそ、やはり予選が2段階あるというのは面白いです。

Alessandro Deljavanは、モーツアルトの、グルックの「愚かな民が思うには」による変奏曲K455と、シューマンの幻想曲作品17と、シューベルトのディアベリのワルツによる変奏曲D718の3曲。予想通り、最初のモーツアルトから、アーティキュレーションやヴォイシングがきわめて個性的な演奏。私はとてもよいと思ったけれど、私の同伴者は、「ちょっとやり過ぎで、ラインが途切れることがあるから、マイナスに判断されるんじゃないか」と言っていました。そして2曲めは、狂気におかされ精神病院に隔離されたシューマンと同様、Deljavan自身が精神病院に入ってしまうんじゃないかと思わせるような様相の演奏で、ある意味作品にふさわしいとも言えるけれど、ついて行けないかも、と感じないこともない。楽章の途中で拍手をする聴衆がいたかたわら、シューマンからシューベルトのあいだには拍手を許さず休みなくそのまま移行。全体として、まさに浮き世の常識人とは別の世界に生きている芸術家の演奏、という感じで、はたしてこういう人が審査員にどう評価されるかはとても興味の湧くところです。これだけの人が準本選に進まないということはありえないと思うけれど、はたして本選に残るのか、はたまた入賞するのか。こういう人が優勝するということはまずないと思いますが、彼が3位以内に入賞したら、私はクライバーンの審査員にあらたな尊敬を抱くでしょう。

ちなみに、Deljavanのことを個人的に知っている私の友達によると、彼は舞台の外でも、きわめて独特な人物で、実際かなり複雑な精神をもった人のようです。いったん舞台に出れば、あれだけ自分独自の声をもって、コンクールの常識などはおかまいなしの個性的な演奏を堂々とするにもかかわらず、自分の演奏にはとても悲観的で、はるばるヨーロッパからフォートワースまでやってきておきながら、コンクールが始まる前のオープニング・ディナーのときになって、「僕はまるでだめだ、棄権しようかと思ってる」と不安いっぱいの表情で言っていたそうです。自分の声を究極まで追求しようという姿勢と、自分の演奏についての不安が、頭や心のなかでものすごい勢いで渦巻いているのでしょう。芸術家というのは本当にたいへんだなあ。。。

いっぽう、Fei-Fei Dongは、スカルラッティのソナタ2曲とドビュッシーのダンス、そしてリストのロ短調ソナタ。スカルラッティは、1回目の演奏のときと同じ、きわめて強い声があってとてもよかった。ドビュッシーは、数カ所ちょっとしたミスがあったけれど、全体としては、リズムが利いた、はっきりしていて明るい演奏でした。そして、すでに何人かの出演者が演奏している(2009年のコンクールでは、この曲を演奏した人がたしか5人いました)リストのソナタ。ファウスト伝説にもとづいた(他にもいろいろと解釈はあるそうですが、ファウストがもっとも一般的)この大きなソナタ、技術的な困難もともかくとして、表面的に物語を追って感情をつけることはそう難しくなくても、作品の根底にある精神性をきちんと理解して表現することはたいへん難しい。そうしたことを、彼女の演奏がどれだけ実現していたのかは、専門的な知識のない私には判断できませんでした(私の周りには、「彼女はちゃんと理解しないで弾いている」と言っている人もいました)が、情熱的な演奏で聴衆に訴えかけるという点では、群を抜いていました。なにしろ、彼女の直前の演奏が、Sean Chenの、ベートーヴェンの「ハンマークラヴィアー」ソナタ一本(2009年に辻井伸行さんが準本選で演奏した曲。あまりにも難解で、演奏がよかったのか悪かったのか私には判断できない)という順番だったので、難解かつ長大な一曲を45分近く座って聴いたばかりの一般聴衆にとっては、彼女の演目そして演奏は、たいへんわかりやすいものでした。はたして審査員がそれをどう評価するかは、明日のお楽しみ。

他に今日の演奏のなかでとてもよかったのが、韓国のYekwon Sunwoo。1回目の演奏もよかったですが、今日はさらに光って、しっかりとした骨太でクリーンな、非のつけどころのない演奏でした。準本選進出はほぼ間違いないと思います。

明日、残り6人の演奏があった後、審査員の評価が集計され、準本選に進む12人が発表されます。その集計にどのくらい時間がかかるのか(同位の人がいる場合は、その人たちについて審査員が投票しなおす)はまったく不明。出演者はもちろんですが、聴衆もドキドキです。まだ演奏し終わっていない6人がいるので、きちんとした予想はできませんが、明日の演奏と審査発表のあいだにブログを更新する時間があるとは思えないので、今の時点での私のまったく主観的な予想をあえて書いておくならば、私が準本選進出間違いないと思うのは、
Alessandro Deljavan
Fei-Fei Dong
Beatrice Rana
Tomoki Sakata
Yekwon Sunwoo
の5人。さらに、個人的な好みとしてはLuca Burattoの演奏も、派手ではないけれど、偽りのない誠実ないい音楽で、彼の人格が表れていると思いました(今日ホールのロビーに彼がいたので、そのむね伝えておきましたが、とても感じのいい青年でした)。それから、Steven Linも、とにかくその笑顔をもっと見たいので一票入れておきます(笑)。残りは、私にはなんとも言えないなあ、という感じです。

ところで、拙著で、このコンクールでのメディアの役割について書きましたが、今回も、ドキュメンタリー映画そしてウェブキャストのクルーが、始終出演者たちを追っている上に、2009年以上の数の報道関係者が集まっています。そのいっぽうで、そうしたカメラが出演者たちにもたらす負担をなるべく減らす工夫がされているのが感じられます。前回は、舞台上数カ所そしてピアノそのものの先端や横端に取り付けられたカメラに加えて、ピアノの頭上にぶら下げられた大きなカメラが演奏の最中360度まわっていたのですが、今回は、舞台上には、客席から向かって右端と、ピアノの斜め後ろに、黒いカバーで覆われたカメラが設置されているだけ(私は前から4列目の真ん中に座っているにもかかわらず、2日目までこれらのカメラの存在に気づきませんでした)で、ピアノ自体にはカメラがついているようには見えない。客席前列の鍵盤側にカメラマンがひとり。そして、前回同様、ピアノの頭上に吊られた移動カメラはありますが、演奏者の視界には入らない角度にしか移動しないようになっている。これらはやはり、出演者の集中をなるべく妨げないようにとの配慮からきているのだと思います。それでも、広報やマーケティングを得意とするクライバーン・コンクールなので、ウェブキャストや映画その他のためのインタビューなどで出演者はけっこう忙しいらしいので、私は今のところ、邪魔にならないようにインタビューの依頼は控えているところです。




では、明日の残りの演奏、そして準本選進出者発表をお楽しみに!

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