2013年5月28日火曜日

予選第2段階2日目

宣伝するようなことでもないですが、今日(テキサスでももう夜中を過ぎてしまったので正確には昨日ですが)28日はワタクシの誕生日でした。一日じゅう生の音楽に浸り、自分にはなんの縁もないはずだったテキサスのフォートワースの街で、昼も夜も夜中もたくさんの友達にお祝いをしてもらって、幸せな一日でした。世界から選りすぐられて集まってきた、自分の半分(以下)の年齢の若者たちが、芸術に生涯を捧げ、コンクールで自分のすべてをさらけ出しているのを舞台の目の前で一日じゅう見ていると、とても刺激が多いと同時に、謙虚な気持ちにさせられます。

夜中過ぎに帰ってきたのでもうすぐ寝ますが、今日の報告の目玉は、阪田知樹くんの2回目の演奏。私だけでなく、会場の聴衆がみんな、終わったとたん、瞬発的に立ち上がって「ブラボー!」と声をあげて拍手してしまうくらい、素晴らしい演奏でした。準本選進出は間違いなし、これは本選進出もかなり有望で、もしかしたら3位以内に入賞するかもしれない、と思わせる出来でした。プログラミングもとてもよかった。最初のモーツアルトは、音にも解釈にも、けがれがなく、とてもクリーンで、清らかな演奏。「こういうふうに弾くのが深い演奏だ」といったわざとらしさやいやらしさがなく、きわめてまっすぐでピュアな音に心が洗われる気持ちがしました。そして、次のアルベニスの「イベリア」第2巻が最高でした。この3曲めの「トリアナ」を私も演奏したばかり(これがもう、難しいのなんのって。。。)なので楽しみにしていたのですが、昨日の夜ネットで見つけた阪田くんの演奏は、いくら10代の青年だからといっても、いくらなんでもこの曲に必要な色気、そしてその色気を出すための間の緩急がなさすぎだろう(私に言われちゃあおしまいですが)と、感心しなかったのですが、今日の演奏は、同じ人物の演奏とはまるで思えないほど、フレージングも呼吸も彩りも豊かで、心から感動しました。いくつか音のミスはあったけれど、全体の流れが素晴らしく、音のミスなどはまるで問題にならない。最後の「エフゲニ・オネイギン」の編曲も、キャラクターがよく出ていて、とてもよかった。ベートーベンやブラームスのソナタといった作品で深遠さを表現するのももちろん重要だけれど、こうした作品で自分の音楽性を表現するのも立派な音楽的行為。前にも書きましたが、変な背伸びをせず、自分の音楽を素直に演奏する姿勢が、聴衆にまっすぐ伝わってきました。ブラボー!

さらに、今日最後に演奏したウクライナのVadym Kholodenkoもかなりよかったです。すでにもう何人かが「ペトルシュカ」を演奏していますが、そのなかではもっとも説得力がある演奏でした。

全体としては、今日演奏した9人は、1回目の演奏と比べてずっとよかったとかずっと悪かったという人はなく、おおむね1回目の印象を確認した、という感じでした。Lindsay Garritsonは、ショパンのバラードの後半でミスをしてから、ガタガタと崩れ、最後のリストではもう自暴自棄になったような、必要以上のスピードと音量で突っ走る、といった結果になって、気の毒でした。その30倍くらい低い次元で、私自身そうした状況には非常に共感できる(ミスをすると、あせる。あせると、他の箇所も不安になる。不安になると、その部分が早く終わってほしいので、急いで駆け抜けようとして、必要な区切りをつけずに先を急ぐ。急ぐと、音符だけで頭がいっぱいで、フレージングや音色がおろそかになり、全体がどんどんと崩れていく)のですが、やはりこういう場では、ミスをしても動揺せず、鉄の精神をもって音楽の全体性を貫かなければいけないのだなあと、あらためて実感。本番にすべてがかかっている演奏というのは、本当に大変です。

他にもいろいろ書きたいことはありますが、また後日。明日もまる一日予選が続きます。