3月は『不機嫌な英語たち』プロモーションで、東京で怒涛のような1週間を過ごしました。今回もまたたくさんの出会いと刺激と発見があり、本を通じて人とつながることの喜びを新たにしました。
さて、お知らせがあります。
ハワイ大学アメリカ研究学部教授、吉原真里のブログです。『ドット・コム・ラヴァーズーーネットで出会うアメリカの女と男』(中公新書、2008年)刊行を機に、アメリカのインターネット文化や恋愛・結婚・人間関係、また、大学での仕事、ハワイでの生活、そしてアメリカ文化・社会一般についての話題を掲載することを目的に始めました。諸般の事情により、2014年春から2年半ほど投稿を中止していましたが、ドナルド•トランプ氏の大統領選当選の衝撃で長い冬眠より覚め、ブログを再開することにしました。
2024年3月31日日曜日
東京大学グローバル教育センター教授に着任いたしました
2024年2月28日水曜日
『不機嫌な英語たち』トークイベントのお知らせ
ハワイ大学は3月に1週間の春休みがあります。去年は『親愛なるレニー』のプロモーションで日本に行きましたが、今年は『不機嫌な英語たち』関連の「来日ツアー」を行います。
去年と同様、ラジオ番組の出演や収録、雑誌の取材や対談など、楽しみな予定がたくさん詰まっているのですが、公開のトークイベントがふたつあります。
3月19日(火)には丸の内の三菱ビル1FのイベントスペースHave a Nice Tokyo!(去年『親愛なるレニー』のイベントをしたのと同じ会場です)で、篠田真貴子さんとの対談、題して「海外で日常を生き抜くために必要なこと」。ビジネス界で大活躍、現在はエール株式会社取締役を務めている篠田さんとは学生時代からの友人なのですが、私と同様いわゆる「帰国子女」でもあり、私が彼女と知り合ったのはバブルの真っ最中の大学生時代に参加した国際学生会議でのこと。そんな背景もあり、越境や言語、文化、アイデンティティなどについて、話はおおいに盛り上がるはず。『親愛なるレニー』の絶大な理解者でもあり応援団長でもある篠田さんが、『不機嫌な英語たち』をどのように読み、どんなことを感じ取っているのか、聞くのを私自身とても楽しみにしています。
そして3月22日(金)には青山ブックセンターで、作家のグレゴリー・ケズナジャットさんとの対談、「言葉で語る、言葉を語る」。私はケズナジャットさんの『鴨川ランナー』と『開墾地』を読んで、脳にも肌にも心にも沁みる作品だなあと深く感じ入ったのですが、ケズナジャットさんの作品と『不機嫌な英語たち』には思いもかけぬところでいろんな共通テーマがあり、なんだか合わせ鏡のようだと勝手に思っています。日本で暮らし日本語で小説を書くアメリカ人のケズナジャットさんと、アメリカで暮らし英語と日本語の両方で研究や執筆をする私が、それぞれ日本語(と幾分かの英語)で書いた私小説について語るとどんな話になるのでしょうか。
どちらのイベントでも、本の販売やサイン会も行います。もちろん、本をすでに読んでくださっているかたからの質問や感想も大歓迎です。ご都合のつくかたは、お誘い合わせのうえ是非ご参加ください。
2023年12月10日日曜日
映画『マエストロ』劇場上映開始
何年も前から話題になりながらも一向に公開にならなかった、ブラッドリー・クーパー監督・主演の映画『マエストロ』が、12月20日のNetflix配信に先駆けて限定的に劇場上映されています。私もホノルルで一昨日、昨日と連続で観てきました。
近々ゆっくり自宅で観られるのならわざわざお金を払って映画館に出かけなくても、と思うかたも多いでしょうが、この作品は音楽や撮影がとてもよいので、できればぜひ劇場の大きな画面で観るのがオススメです。
さてこの『マエストロ』、レナード・バーンスタインが主人公なのですが、彼の生涯と芸術を追ったいわゆる「伝記映画」ではないことは、あらかじめ警告(?)しておきたいと思います。バーンスタインのことをよく、あるいはまったく知らない人が、彼がどんな人物でどんなことを成し遂げたのかを知る、あるいは、バーンスタインのことをよく知っている音楽愛好家が、彼の音楽にどっぷり浸りながらその人間性についての理解をあらたに深める、といったことを期待してこの映画を観ると、その目的はあまり果たされないでしょう。そういう映画ではないのです。
バーンスタインの人生や仕事の全体像を捉えるという点では、はっきり言って穴だらけ。バーンスタインの気が遠くなるほど多彩な仕事の中でももっとも重要とされているもの----たとえば「ヤング・ピープルズ・コンサート」とか、何百枚ものレコーディングとか、イスラエルやソ連や日本をはじめとする海外ツアーとか、教育活動とか、核兵器廃絶運動などの社会活動とか----は、ほとんど、あるいはまったく出てこない。バーンスタインがどんな時代のどんな社会を生きて、どうやって20世紀を代表する巨匠になったのかとか、彼の音楽がなぜ世界中の人々を魅了したのかとか、彼の活動が社会においてどんな意義をもったのかとか、そういうことを理解させて考えさせてくれるような映画ではないのです。(そういうことを理解させて考えさせてくれるのは、『親愛なるレニー』ですので、未読のかたはぜひお読みください!池袋・渋谷・有楽町・吉祥寺の映画館では『親愛なるレニー』を販売してくださっているそうです。…とあからさまな宣伝を入れておく。)
ではダメ映画なのかというと、まったくそうではありません。私はとてもいい映画だと思いました。そうでなければ、もうじきNetflixで観られるとわかっているものをわざわざ二日連続で観に出かけたりはしません。
ここであんまり詳しいことを書いてしまうと、これから観る人たちの楽しみを削いでしまうかと思うので、ディテールを論じたレビューはいずれ別のところで書くことにして、この映画について語るうえで私が一番大事だと思うのは、『マエストロ』というタイトルの意味。
ここでの「マエストロ」とは、バーンスタインという世界的指揮者のことを指すというよりは、
「『マエストロ』として生きるということ」
「『マエストロ』として世界に存在するということ」
そして
「『マエストロ』として生きる人物を愛するということ」
「『マエストロ』として生きる人物と人生を共にするということ」
という意味ではないかと私は思います。
この「マエストロという人生、存在」というテーマを、バーンスタイン自身、そして妻フェリーシャ(キャリー・マリガンの演技が素晴らしい)というふたりの人物を通して捉えるものとして観れば、この映画はとても深い示唆にあふれる作品と言えると思います。
そのことを念頭において、フレーミングやカメラワーク、照明などに注目しながら観ると、単に筋を追いながら観るよりもいろんな気づきがあるのではないかと思います。
あとひとつ書いておきたいのが、後半に出てくる、6分間にわたるマーラー交響曲第2番《復活》のシーン(この指揮のためにブラッドリー・クーパーは何年間にもわたってヤニック・ネゼ=セガンのもとで特訓したらしい)が話題になっているけれど、私はこのシーンと同じくらい、あるいはそれ以上に、前半に出てくる《ファンシー・フリー》のシーンが重要だと思っています。
などなど、書き出したらキリがないのですが、ネタバレにならないようにこれで我慢(実はこの投稿、もっと長い文章を書いていたのですが、そんなに書いちゃうのもどうかな〜と思ってバッサリ削除しました)。
でもなにしろ、この映画は『親愛なるレニー』といろんな意味で補完的な物語になっているので、本を読んでから映画を観てさらにまた本を読む、または、映画を観てから本を読んでさらにまた映画を観ると、理解と感動が深まると思います!(←とふたたび宣伝 w)
2023年8月27日日曜日
『不機嫌な英語たち』予約注文スタート!
最新の著書、『不機嫌な英語たち』の情報が解禁となり、予約注文がスタートしました!
東京の小さなマンションでピアノを弾き、本を読んで過ごしていた「ふつう」(?)の女の子の真里は、小学校五年生のとき、親の転勤でカリフォルニアに連れていかれ、まるでわからない英語の世界に放り込まれる。一日一日が永遠に感じられる学校生活をサーバイブするために、必死に英語を勉強する。長い夏休みを終えて中学校に上がる頃には、「英語ができないマリ」という過去を後にして、新しい人生を生きることができるようになる。その過程でマリが経験する出会いや発見の数々。
アメリカ生活に溶け込もうと必死に英語を身につけたにもかかわらず、父親に辞令が下りると一家はあっさりとまた日本に戻ることになる。真里が「帰国子女」として編入したのは、毎日朝夕に国旗掲揚があり、「団体訓練」では「集団責任」の名目で体育の男性教師が女子中学生の頭のスリッパで叩くような学校だった。その学校にある日、絵に描いたような金髪に青い目のオランダ人、レベッカがクラスにやってくる。当たり前のように先生は彼女を真里の隣に座らせた。親切心を動員して彼女に話かける真里の目には、なにかとてつもない不条理が身に降りかかっているとでもいうような悲壮な空気がレベッカを包んでいるように見えた。午後の美術の授業中、真里だけが気づいたレベッカと先生とのやり取りとは……。
日本で大学を卒業した真里は、こんどは自分の意思で再びアメリカに渡り、ニューイングランドの大学院で学び、やがてハワイに職を得る。英語ができるようになってからの真里が出会う「アメリカ」は、カリフォルニアでの経験とはまるで違うものだった。しかしMariは、「英語ができる」だけではなく、「日本人」であり「アジア人」であり「女性」でもあった。そして「大学教授」にもなった。Mariが身につけた、あるいは否応にも課せられた属性は、Mariが見る世界や経験する人間関係をさまざまに形づくっていく……
といったわけで、自分がこれまで生きてきた道を振り返り、そして今の自分が立っている場所を見つめながら、「日本の私」と「アメリカの私」、「日本語の自分」と「英語の自分」の重なりと溝を描いた、バイリンガル私小説…と呼ぶのが相応しいかどうかは、ぜひ読んで判断してみてください。
これまでのどの著作とも違った種類の本です。ひとりでも多くのかたに読んでいただけますように!
2023年8月26日土曜日
亀井俊介先生の訃報を読んで
この夏はまる2ヶ月日本に滞在し、おかげさまで日本エッセイスト・クラブ賞と河合隼雄物語賞を受賞した『親愛なるレニー』関連やその他の講演、イベントなどで目の回るような忙しさでした。7月後半にやっとスケジュールが少し落ち着いたところで、亀井俊介先生に会いに行こうとメールをしたら、体調不良でその翌日から入院するので、全快したらまた会いましょうというお返事をいただき、心配していたのですが、そうしたら昨日、先生の訃報が届きました。いつかはこの日が来ると覚悟していたつもりでも、いざその日がやって来てみると、脳天を金槌で殴られたような衝撃で、呆然としてしまいます。
立派なひと、多くの人に愛されたひとが亡くなると、いろんな人たちがそのひととの思い出を語ります。そうすることで、悲しさや寂しさ、故人への親愛を人と分かち合いたいという衝動は、とても自然なことだと思います。でもSNSで見かけるもののなかには、「自分は故人とこんなに親しかったんだ」とか「自分はみんなよりよく故人のことを知っている」とかいった自慢話のような印象を受けるものがあるのもたしか。
2023年2月20日月曜日
『親愛なるレニー』プロモーション 来日ツアー
前回の投稿からたいへん長い間があいてしまいました。
『親愛なるレニー』は、おかげさまで大きな反響をいただいています。讀賣・朝日・日経・毎日新聞その他の媒体でそれぞれ大きく書評を掲載していただいたほか、毎日新聞ではインタビュー記事も載せていただきました。先日のNHK ETVの「クラシックTV」のバーンスタイン特集では、『親愛なるレニー』の主要登場人物のひとりである天野和子さんの物語も紹介されました。
そして、何人もの見も知らぬ読者のかたたちが、熱い感想をわざわざ寄せてくださってもいます。『親愛なるレニー』の読者が、まるで天野和子さんや橋本邦彦さんがバーンスタインに宛ててしたためた手紙のように、便箋に手書きで綴ったお手紙を、綺麗な切手を貼って私に感想を送ってくださるというのも、さらなる感動です。(このような形で感想を送っていただく場合は、版元のアルテスパブリッシング宛に郵送していただければ、担当編集者が私に転送してくださいます。)多くの読者のかたたちに感動していただけて、著者としてほんとうに嬉しいですし、この本を通じて、私自身に多くのあらたな出会いが生まれつつあります。バーンスタイン、天野さん、橋本さんの愛の力、そして言葉の力、音楽の力、本の力をあらためて実感しています。
そんなわけで発売からわずか4ヶ月にして本日は、第3冊の出荷がはじまりました。未読のかたはぜひ書店でお買い求めください。
この勢いに乗って、プロモーションのため3月に急遽一時帰国することになりました。ラジオ出演やメディア取材などで連日めいっぱいのスケジュールなので、企画スタッフ仲間では「吉原真里来日ツアー」と呼ばれています(笑)。東京でいくつかイベントがあります。
3月12日(日)19:00〜 本屋B&B(下北沢)吉原真里x林田直樹 「音楽家の言葉から世界を観る」 (リアル&オンライン配信)
『そこにはいつも、音楽と言葉があった』(音楽之友社)を上梓され、そして日経新聞で『親愛なるレニー』を書評してくださった音楽ジャーナリストの林田直樹さんと、お互いの本について、そして音楽と言葉、調査や執筆、聴くことと書くことなどについて語り合います。じつは私と林田さんはこのイベントが初対面。だからこそ新鮮で刺激的な会話になるのではと楽しみにしています。
3月15日(水)19:00〜 Have a Nice TOKYO! (丸の内) 吉原真里x松田亜有子 「ビジネスパーソンに贈るクラシック音楽講座 20世紀の巨匠レナード・バーンスタインから21世紀の私たちが学ぶこと」(リアルのみ)
クラシック音楽をはじめとする芸術文化の分野でさまざまな企画運営に携わってこられた、アーモンド株式会社の松田亜有子さんに聞き手をつとめていただいて、20世紀の巨匠バーンスタインの生涯と功績の意義や、現代社会におけるクラシック音楽の位置づけや役割などについて語ります。
3月16日(木)19:00〜 蔦屋書店(代官山)吉原真里x篠田真貴子 「ミクロの愛とマクロの世界を物語る」 (リアル&オンライン配信)
英語の原著刊行当初から『親愛なるレニー』についての感動を各方面で語ってくださっている、エール株式会社取締役の篠田真貴子さんに聞き手になっていただいて、本の執筆の経緯や、書くにあたって大切にしたことなどについて語ります。
各イベント、リアル参加は席が限られていますので、お早めにお申し込みください。12日と16日はオンライン配信(アーカイブ配信あり)もありますので、遠方のかたや当日の都合が悪いかたはそちらでご視聴いただけますが、せっかく日本に行くので、なるべく多くのかたと対面で交流するのを楽しみにしています。
2022年10月28日金曜日
『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』発売!
拙著『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』が本日10月28日、ついに発売になりました!
これは、3年前に英語でオックスフォード大学出版から刊行された、Dearest Lenny: Letters from Japan and the Making of the World Maestro を私が自ら日本語の読者にむけて書き直したものです。
指揮者、作曲家、ピアニスト、教育者、メディア・パーソナリティ、社会活動家など、ジャンルを超えて類をみない活躍をした、20世紀アメリカを代表する巨匠、レナード・バーンスタイン。そのバーンスタインが何十年にもわたって深い親交をもった、知られざるふたりの日本人がいます。ふたりがバーンスタインとのあいだに育んだかけがえない愛情の物語を語りながら、それぞれの関係を可能にした歴史・政治・経済・社会的文脈とその変化をたどる本です。冷戦期アメリカの文化外交と日米関係、政治と芸術の複雑な関係、アメリカ芸術産業の変化と日本の音楽業界の発展、家族と性など、構造やイデオロギーが絡み合うなかで、遠く離れた場所からバーンスタインを芸術家として、またひとりの人間として愛し続けた「カズコ」と「クニ」。数々の手紙にしたためられた言葉から、ふたりの人間性と変化する愛情の形が感じられ、また、ふたりの目や耳や心をとおして、バーンスタインが「世界のマエストロ」となっていった過程が浮き彫りになります。
ワシントンの議会図書館でリサーチ中に思いがけずふたりの手紙を発見してから、この日本語版の刊行に至るまで、ほぼ10年。そのあいだに、想像もしなかった数々の出会いがありました。研究者として、物書きとして、そしてなにより人間として、とても多くのことを学ぶ道程でした。
日本語版では、日本の読者にわかりやすいように、原著の一部を削除したり、日本語の資料を使って加筆したり、話の順序を少し入れ替えたりしてあります。英語の原書でも、研究者だけでなく多くの一般読者に読んでもらえるような文章展開を心がけましたが、今回の日本語版では物語性にいっそう注力し、頭にも心にも響く本ができあがったと思っています。
装丁・デザインも、本のエッセンスをつかんだ、温かく素敵な仕上がりになりました。
ひとりでも多くのかたに読んでいただけたら嬉しいです。
原稿を読んで感動してくださったかたたちのご協力で、、刊行記念イベントがいくつか企画されています。
第一弾は、11月12日(土)、大阪の谷町六丁目の隆祥館書店でのリモート・リアルトークイベント(私はハワイからリモート登場です)。私は夏の帰国時に隆祥館書店を訪れ、思わずほっとするような佇まいのお店の品揃えとそこに現れる店長の二村和子さんの精神に心を打たれました。こ隆祥館書店でローンチイベントをさせていただけるのはほんとうに光栄です。(大阪圏外のかたでも、本を隆祥館書店でご注文いただけます。)
第二弾は、その翌日の11月13日(日)、以前もオンラインセミナーをさせていただいたコーラスカンパニーの主催で、「吉原真里が語る『私が書いた3冊の音楽の本』〜アメリカ研究から見たクラシック音楽とは?」というオンラインセミナー。タイトルの通り、『親愛なるレニー』の内容紹介だけでなく、私がこの本と同じくアルテスパブリッシングから刊行した『ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール 市民が育む芸術イヴェント』と『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか? 人種・ジェンダー・文化資本』もあわせて語ってしまおうという試みです。私の著書をすでにお読みになっているかたには、ぜひ質問やコメントをいただきたいですし、未読のかたには、私がどんな研究や執筆をしてきたのかを知っていただく絶好のチャンスです。たいへんお得な料金設定にもなっていますので、ふるってご参加ください。
第三弾は、12月11日(日)、朝日カルチャーセンター新宿教室主催で、『親愛なるレニー』の内容を紹介するオンライン講座を開催します。この頃までには本を読んでいただいているかたも多いかと思うので(と期待:))、参加者のみなさんからの感想や質問に応えながら語る講座にしたいと思っています。
愛に溢れるバーンスタインの生涯と功績、「カズコ」と「クニ」の人間性、そして20世紀のアメリカ・日本・世界。そうしたものを感じ取っていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
2022年6月16日木曜日
『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』本日発売!
昨日、無事入国を果たし、3年ぶりに東京の土を踏みました。今回の帰国のおもな目的は、本日正式発売になった『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)を手に取り、共著者仲間と編集者と共にプロモーションに励むことにあります。
2021年11月7日日曜日
Symphony magazine:アメリカのオーケストラと「アジア人」音楽家
コロナ禍におけるアジア人への暴力の急増、ブラックライヴスマター運動などの流れの中で、アメリカの芸術界も正面から人種問題に向き合う動きが盛り上がってきています。メトロポリタンオペラのシーズンオープニングを飾ったオペラ、Fire Shut Up In My Bonesは、メト史上初(!)の黒人作曲家による作品上演で大きく話題を集めました。私もMet Live in HDをホノルルの映画館で観ましたが、作品も演奏も演出も本当に素晴らしく、深く感動しました。これまで何年にもわたって人種と音楽・表象について研究してきましたが、メトの舞台で黒人の物語が黒人の声や身体で演じられ語られるのを大画面で体験してみると、今までこうした作品が上演されてこなかったことが世界にとってどれほどの損失であったかを改めて感じました。モーツァルトもプッチーニもワーグナーも大いに結構、でも多様なアーティストによる多様な物語がいつも普通に上演されれば、「オペラ」についての人々の意識は大いに違ったものになり、もっともっと多くの人たちが劇場に足を運ぶようになる筈だし、オペラという芸術的な可能性が無限に広がるに違いない。そう思いました。
そんな中で、今年6月に開催されたアメリカオーケストラ連盟のオンラインカンファレンスで企画されたパネルに登壇したのですが、それを契機に依頼された記事が、同組織の機関誌であるSymphony誌に掲載されました。クラシック音楽界、特にオーケストラにおけるアジア人音楽家の位置付けや扱いについて、主にオーケストラ業界の読者を想定して書いた文章なので、前回の投稿で紹介したショパンコンクールについての記事とはだいぶトーンが違っています。ただ、ショパンコンクールの出場者や入賞者にアジア人が多いこと、アメリカのオーケストラにアジア人が多いことは、クラシック音楽におけるアジア人への差別がないことの証明には決してならないことが伝われば幸いです。今なら無料でオンラインでアクセスできますので、ぜひお読みください。
2021年10月26日火曜日
ショパンコンクールが投げかける問い 「クラシック音楽」とは?
反田恭平さんと小林愛実さんの入賞で日本でも話題を集めたショパン・コンクール。なにしろ全部で87人も出場者がいるので、最初からずっと追っていた訳ではありませんが、第二ラウンドからは、早起きしたり夜更かししたりしながらネットで生配信をけっこう見ていました。演奏はどれも素晴らしく、審査結果も納得のいくものだったと思います。
このコンクールについて記事を書かないかと、日経新聞社の英語媒体であるNikkei Asiaに依頼を受けたので、このような文章を寄稿しました。日本ではどうしても日本人の話題ばかりに報道が集中しがちなので、今回の結果をより大きな文脈に位置づけて、「クラシック音楽とは何か?」を考えるような著述にしたつもりです。読んでいただけると幸いです。
2021年10月23日土曜日
『Unpredictable Agents: The Making of Japan's Americanists during the Cold War and Beyond 』刊行!
私が企画編集してここ数年取り組んでいた、Unpredictable Agents: The Making of Japan's Americanists during the Cold War and Beyond が、無事にハワイ大学出版より発売となりました!
この本は、広義の「アメリカ研究」に従事する12人の日本出身の研究者たちが、どのような場や形で「アメリカ」と出会い、どのような経緯でその研究にキャリアを捧げることになったのか、自らにとって「アメリカ」とはなにか、といったことを語るパーソナルなエッセイを集めたものです。それぞれユニークで感動的な物語なのですが、それと同時に、そうしたきわめてパーソナルなものに思われる個人史が、帝国、植民・移民、戦争、占領、冷戦外交、貿易などによって色濃く刻印されていることも浮かび上がってきて、本全体でいろいろな角度から20・21世紀の日本とアメリカの出会いの力学や様相に光を当てるようになっています。
一口に「日本出身の研究者」と言っても、戦後占領下の沖縄で新聞配達少年として米軍基地を回った人、北海道のアメリカ人メノナイト宣教師のコミュニティで育った人、日本の家庭でありながら両親の教育方針で家では英語とスペイン語を話して育った人、戦争の歴史に巻き込まれて家族と離れ日本で人生を送ることになったアメリカ生まれの祖母からアメリカに移民して行った曽祖父母の話を聞いて育った人、父親が単身赴任で家を留守にしがちだったサラリーマン家庭で育った人、幼い頃に親の駐在でアメリカに渡り現地学校の教育を受けた人など、その背景や生い立ちは実にさまざまです。そしてまた、そうした人たちが出会った「アメリカ」も、時代、場所、状況などにおいて実に多様です。当たり前のことですが、「日本人アメリカ研究者」が共通の出発点からひとつの「アメリカ」に行った訳ではまったくないのです。そしてこの12人の現在も、どんな場所でどんな人たちに囲まれて暮らし、どんな学生を相手にどんな授業をし、何語でどんな著述をしてきたかなど、実にさまざまです。
私がこの本を企画するに至った背景には、もとはと言えばだいぶ前にこのブログでも書いた、松田武先生の『戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー』への共感と疑問がありました。奨学金や学術交流、研究助成といった形の文化外交、その根底にある各国政府の思惑が、知のありかたに影響を及ぼすということには異論がないけれども、実際にそうした中で「アメリカ」に出会い、経験し、研究する人たちの道程を、もっと近い距離から見てみることも大事なのではないか。松田先生の本を読んでからずっとそう思っていたのですが、その問いに応えるひとつの手段としてのこの企画を、研究仲間とおしゃべりをしている時にふと思いついたのでした。
個人の物語と世界の力学がどのように交差して、その中で「知」がどのように作られるのか、「日本」にとっての「アメリカ」とは何を意味しているのか、そして研究者の役割とは何か。そうした大きなテーマが、きわめて具体的で個別的なストーリーを通じて語られています。アメリカ研究や日米関係史に携わる研究者にはもちろんですが、一般の読者にも興味を持って読んでいただける内容だと思います。是非どうぞ!
2021年10月4日月曜日
国際交流基金事業をめぐって
つい数日前に、国際交流基金が主催するオンライン展覧会で予定されていた、在日精神病患者についての映像作品の発表が、基金の判断によって中止されたというニュースを読んだばかりでした。この記事によると、中止の理由としてあげられているのは、①暴力的な発言や歴史認識を巡って非生産的な議論を招きかねない場面が含まれるものだった、②全編を通して視聴すれば必ずしも懸念はあたらないのかもしれないが言葉は独り歩きしてしまう可能性がある、③主催者としては、作品に関してどこをどう修正すべきかといった指示はできないと考えている、④展覧会の開催日時も迫っており今後改めて協議を重ねる時間もない、という4点です。
①に関しては、議論が生産的か否かは誰がどう判断するのか?議論を「招きかねない」との曖昧な推測に基づいて作品の発表を中止することで、生産的な議論をもあらかじめ封じ込めてどうするのか?国際関係にかかわる難しい問題にもさまざまな視点を提供して議論を促進することこそが国際交流の根幹ではないのか?といった問いが次々と頭に浮かびます。
②に関しては、映像であれ文章であれ、その一部が文脈から切り離されて作者や主催者の意図せぬ方法で使われてしまう可能性はいつでもある。しかし、それを懸念して表現行為そのものをやめてしまったら言論や芸術は成り立たないし、そうした活動への後援も不可能になります。とくにアジア諸国を対象にする国際交流は出来なくなるでしょう。
③については当たり前のことで、わざわざ主張するようなことではないでしょう。
④は、主催者はどうしても必要ならば開催日程を変更できるはずで、これは口実にしか思えません。
ちょうど私は、まさに同じような状況に面していたのですが、この記事を読んで、どうやら私が経験したことが突発的な出来事ではなく、国際交流基金のさまざまな事業においてこうした事態が起こっているらしいことを知ることとなりました。日本社会が危険な方向に向かっているのを感じるので、以下長文になりますが、経緯を記しておきます。
2021年8月18日水曜日
親中・嫌中では捉えられない海峡を超えた力学とネットワーク 『中国ファクターの政治社会学』
『中国ファクターの政治社会学 台湾への影響力の浸透』を読みました。(情報開示:この本の編者であり監訳者である川上桃子さんは、私の仲良しです。)
2021年8月9日月曜日
ピアノはモノである 田中智晃『ピアノの日本史』
私は1968年生まれ。育った東京のマンションの4畳半の部屋にはヤマハのアップライトピアノがあり、3歳でレッスンを受け始めました。そのピアノは、今もその実家にカバーがかかり、物置き台となって残っています。私の世代の人たちの約五分の一が似たような経験をしているはず(1979年に国産ピアノの出荷台数はピークを迎え、2000年時点で日本におけるピアノの普及率は21%)。そして、日本の楽器産業は現在圧倒的に世界をリードしている。なぜそうなったのか?それを見事に解明してくれるのがこの本、田中智晃『ピアノの日本史 楽器産業と消費者の形成』。かなりどっしり感のある本ですが、面白くて一気に読了してしまいました。
2021年8月8日日曜日
「アジア人ですが、なにか? 〜クラシック音楽と人種・ジェンダー・文化資本の力学」オンラインセミナー 8/22(日)より全3回
南カリフォルニアで2週間を過ごし、10日前にホノルルに戻ってきたのですが、デルタ株によりハワイでは(も)新規感染者数が猛烈な勢いで増えています。ロスでは満員(!)のハリウッドボウルでデュダメル指揮、ヴァイオラ・デイヴィスのナレーションによる「ピーターと狼」を聴いてきましたが、今ではもう何時間も飛行機に乗ったりたくさんの人が集まるところには行く気にならず、行ける間に行っておいてよかったです。
さて、2週間後の8/22(日)より全3回で、オンラインセミナーをします!題して「アジア人ですが、なにか? 〜クラシック音楽と人種・ジェンダー・文化資本の力学」。読んでいただいているかたにはすぐわかるように、拙著『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか? –– 人種・ジェンダー・文化資本』をもとにした内容です。この本が日本語で刊行されたのは2013年、原著である英語版が出たのが2007年、そしてメインのフィールドワークをしたのが2003〜2004年なので、それ以来けっこうな年月が経っているのですが、興味深いことに、ここ一年間立て続けに、このテーマについての取材や講演や執筆の依頼を受けています。つい最近も「ズーカーマン事件」とも呼ぶべき出来事があり、それを受けてニューヨーク・タイムズに掲載された記事でも、名前は載りませんでしたがかなり長時間の取材を受けました。クラシック音楽界におけるアジア人の活躍がさらに広がっているだけでなく、ブラック・ライヴズ・マター運動の流れの中で文化芸術界にもさまざまな問いかけがなされるようになり、また、コロナ禍で急増しているアジア人への暴力などの状況において、「西洋のもの」とされているクラシック音楽における「アジア人」の位置づけや、音楽と人種の関係といった問題が改めてレレバンスを持ってきているのを実感しています。
本を読んでいないかたにもわかりやすいように内容を紹介しながら、本の刊行後のクラシック音楽界やアメリカ社会の展開も視野に入れ、また、自分で本を振り返っての反省や、「今この本をアップデートするならこんな風に」といった話もするつもりです。聞き手は、去年のオンラインセミナーと同じく、坂元勇仁さんが務めてくださいます。見逃し配信もありますので、リアルタイムでの参加ができないかたも、ふるってお申し込みください!質問・コメント大歓迎です!
申し込みはこちらからどうぞ。
2021年7月3日土曜日
「我々はアメリカ人ではない!」 ハウナニ=ケイ・トラスクのレガシー
長年闘病を続けていたハウナニ=ケイ・トラスクが、しとしとと静かな雨が降る今日2021年7月3日午前、息を引き取ったとの知らせがハワイ中に伝えられました。
ハワイではその名を知らない人はいないくらい影響力の大きい人物でしたが、日本では一部のハワイ通を除いては彼女のことはあまり知られていないのではないでしょうか。研究者仲間と一緒に執筆中で来年刊行予定の本の中で、彼女についての文章を書いているので、ここではごく簡単に紹介するだけにしておきます。
とにかく見ていただきたいのがこのビデオ。
これは、約20分間にわたる彼女のスピーチの最初のごく一部ですが、ここで繰り返されている "We are not American!"、そう、「我々はアメリカ人ではない!」というシンプルな一文は、ハワイとアメリカ合衆国の関係の歴史を理解する上できわめて重要なものです。
このスピーチは、1993年1月17日、ホノルルの中心部にあるイオラニ宮殿の敷地内で行われたもの。100年前の1893年1月17日にハワイ王朝が非合法に転覆されたことへの怒りを悲しみを表し、ハワイアンの主権を主張するため、4日間にわたって行われた抗議行進・集会のクライマックスでした。当時すでにハワイアン主権運動のシンボル的存在だった彼女は、斜め前に建つハワイ州議事堂をじっと見つめて「我々はアメリカ人ではない!」と繰り返し叫び続けたのです。
19世期末に独立国家としてのハワイは滅亡し、列島はアメリカの領土となりました。第二次世界大戦後、住民の多く、とくに政財界のリーダーたちが、アメリカ合衆国におけるハワイの政治的地位を強化するために立州化を求め、1959年にそれが実現してハワイはアメリカ合衆国の50番目の州となりました。ゆえに、現在ハワイはアメリカ合衆国の一部であり、先住ハワイアンもアメリカ国籍を持ちます。しかし、そうして「アメリカ国民」「ハワイ州の市民」となることをハワイのすべての人々が歓迎したわけでは決してありませんでした。
1778年にジェイムズ・クック率いるイギリス船が到着して以来、ハワイには世界各地から植民者や資本、文化が流入し、また疫病や環境の変化によって先住ハワイアンの人口は激減し、社会構造や生活様式が急激に変化していきました。歴代のハワイ政権は積極的に西洋近代の技術や政治制度を採用することで列強諸国と対峙しようとしたものの、土地の私有化によってハワイアンの人々は生活の基盤を奪われ、キリスト教化・西洋化によって宗教・言語・伝統文化の多くを失い、アメリカ人資本家たちにハワイ社会の実権を握られていったのです。
そして、政治力・経済力のさらなる拡大を図った少数のアメリカ人が、1893年に米海軍の支援をバックにクーデターを起こし、抗議宣言を発したリリウオカラニ女王をイオラニ宮殿に幽閉し、ハワイ王朝を転覆させ、翌年にはハワイ共和国が誕生しました。そして、クーデターへの米軍関与は不正であったと判断したクリーヴランド大統領の反対にもかかわらず、1898年にハワイはアメリカ合衆国に併合されました。米海軍はハワイを太平洋地域最大の拠点とするため巨大な軍事施設を建設し、1941年に日本軍の真珠湾攻撃により第二次世界大戦の舞台となったハワイは戒厳令下に置かれました。戦後には、プランテーション農業の衰退とともに、ハワイの産業は観光と軍事に急速に移行し、環境破壊や経済格差、土地開発に伴う住民の強制移動などが進行しました。
1960年代にアメリカ本土で公民権運動、ブラック・パワー運動、先住民運動などが盛り上がりをみせる中、ハワイでも、植民地化や抑圧と差別の歴史を問い質し、先住ハワイアンの主権回復を訴える運動が起こりました。第二次世界大戦中に米軍に接収され、戦後も米海軍の爆撃演習地として使用され続けたカホオラヴェ島に、草の根運動家たちが乗り込み、身体を張って爆撃を停止させ、島を市民の手に取り戻したProtect Kahoʻolawe ʻOhana(PKO)運動や、先住ハワイアンへの正当な土地使用権の分配を訴えたり、資本の利益を優先した土地開発に反対したり、ハワイアンの教育や雇用の正当な機会を要求する運動が、急速に盛り上がっていったのです。キリスト教宣教師たちによって使用を禁じられていたために使用者が激減していたハワイ語や、フラやチャントを初めとするハワイの伝統文化、そして伝統様式の農業や漁業を復興する運動も、ハワイ各地で広がっていきました。
そうした中で、ハウナニ=ケイと妹のミリラニ・トラスクはハワイ主権運動のリーダーとなり、1987年に発足したハワイアン主権運動団体Ka Lāhui Hawaiʻiの創設メンバーとなったのです。ハワイ内外のさまざまなグループと連携しながら1993年の抗議行進・集会を数年間かけて準備したのもこの団体。
“We are not Americans!” という、聴衆が一瞬はっと息を呑んだ衝撃的な宣言の後で、彼女は「主権(sovereignty)とは何か」を、溢れ出る怒りを燃えるような視線に込め人差し指を立てた腕を振りながら、力強くこう論じました。----主権とは、気持ちの問題でもアロハの精神の問題でもハワイアンとしての誇りの問題でもない。そんなものは我々はすでに持っている。主権とは、自らの政府を持ち、自らの国家を持つことである。自らの政府を持つことでのみ、自らの権力を行使し、自らの土地を管理することができる。主権とは一にも二にも政治である。アメリカ合衆国は民主主義の国などではない。人種差別によって先住民の滅亡をもたらす世界最大の帝国である。ハワイ州はそのアメリカ合衆国の一機関である。行儀よく話し合いをしている場合ではない。憤り闘わなければいけない。私は憤っていることに誇りを持っている。ハワイアンであることに誇りを持っている。私は、そして私たちは、アメリカ人ではない。アメリカは私たちの敵である。闘うのだ。
ハワイで直接行動や政府機関を相手取っての活動を続けるうちに、トラスクはどんどんと雄弁になり、そのメッセージは先鋭化されていきました。ハワイ大学のキャンパス、そして新聞やテレビなどの公的メディアでの歯に衣着せぬ発言や議論を通じて、若い学生たちを初めとする多くのハワイアンやその運動を支持する人たちの尊敬を集め、一種のロールモデルとなっていきました。彼女へのバックラッシュもきわめて大きいものでしたが、それでも彼女は、ハワイ植民地化の歴史への無理解と根強い制度的差別に対し、つねに前面に歩み出て闘い続けていったのです。1970年代にはほとんどのハワイアンの人々が「主権(sovereignty)」という単語を口にすることさえ躊躇ったのに対し、1990年代には世代を超えて多くの人々が運動に参加し、ハワイ社会の支配層も無視できない勢力となりました。“We are not American.”演説のあった1993年には、ハワイ王朝の転覆そしてアメリカ合衆国への併合はハワイアンの意志に反して非合法に行われたことを認める「謝罪決議」がアメリカ連邦議会で可決され、クリントン大統領によって署名されました。大学でハワイの歴史や政治や言語を学ぶ学生も増え、いまだ不十分とはいえ、さまざまな分野でハワイアンの教員も採用されるようになっています。マウナケア山の30メートル望遠鏡(TMT)建設に抗議する活動家たちの多くは、トラスクの教えを受けた人々。彼女が身体を張って示したハワイアン主権の理論と実践は、ハワイ各地で若い世代に脈々と受け継がれているのです。
ハワイの独立と主権を奪ったアメリカ合衆国の独立を祝うような日にはもう付き合っていられない、私はアメリカ人じゃないんだから、とでも言わんばかりに、7月4日のアメリカ独立記念日の前日にこの世を去っていったトラスク。いかにも彼女らしい旅立ちだと思います。
彼女の著書の中でももっともよく知られるFrom a Native Daughter: Colonialism & Sovereignty in Hawaiʻi は、『大地にしがみつけ----ハワイ先住民女性の訴え』というタイトルで邦訳も出ています。現在、ハワイではコロナ禍がだいぶ落ち着いて、観光客もかなり戻ってきています。日本からも再びたくさんの人が訪れるようになるでしょう。ハワイに旅する日本の人たちにも、トラスクのことを知って、ハワイの歴史や社会について理解していただきたいです。
2021年6月16日水曜日
99%のための音楽史宣言『バイエルの刊行台帳』
かつては週に数回も書いていたことのあるこのブログ、2020年にはなんと1回しか投稿がなく、それもオンラインセミナーの宣伝で、これではブログと呼べないトホホな状態になってしまいましたが、気を取り直して新たな投稿をしようという気持ちにさせてくれたのが、この本、小野亮祐・安田寛『バイエルの刊行台帳 世界的ベストセラーピアノ教則本が語る音楽史のリアル』。
2020年8月22日土曜日
『愛するレニーへ、日本からの手紙』オンラインセミナー 9月6日(日)より全3回
2020年の想像を絶する展開に背筋が凍る思いをしているあいだに、前回の投稿からまる一年が経ってしまいました。そしてまた、その投稿でお知らせした拙著Dearest Lenny: Letters from Japan and the Making of the World Maestro の刊行からちょうど一年が経とうとしています。
本来は夏に日本で本の内容を紹介する講演をいくつかする予定だったのですが、帰国そのものができなくなってしまったので、代わりにオンラインセミナーを開催することにしました。コーラスカンパニー主催で、日本時間で9月6日(日)をはじめとして全3回にわたって、本で扱っている内容をインタビュー形式でお話しします。聞き手を務めてくださるのは、「学び舎遊人」シリーズの坂元勇仁さん。
レナード・バーンスタインやクラシック音楽全般、また戦後の日米文化関係に興味があるかたにはもちろんですが、それ以外の一般のみなさんにも、人間の愛情の物語として、ゼッタイに面白く聞いていただけるとお約束いたします!リアルタイムで視聴いただければ、ご質問やコメントにお応えできますが、日時の都合が悪くても期間限定で録画をご覧いただける設定になっています。どうぞふるってお申し込みください。
これに先立ち、先週末は、私の友達(とその友達)向けのプライベートなトークイベントをZoomで開催しました。多様な分野の読者の感想を、と思って素敵なコメンテーターを4人もお願いしていたのですが、お盆の最中でもあり、聴衆が全然いなかったらどうしよう、と少し心配していました。でも、インフルエンサーでもあるコメンテーターの集客力もあって、予想の倍以上の参加者に熱心に聞いていただき、とてもよい質問やコメントが続いて、予定時間を大幅にオーバーして、刺激的で楽しい時間を過ごしました。オンラインセミナーでも、参加者のみなさまとの交流を楽しみにしています。






