2009年1月24日土曜日

女性の性欲を解剖

今日は土曜日だというのに朝から晩まで仕事しっぱなしです。午前中は『新潮45』の原稿を書いていたのですが、午後からはずっと、大学のtenure and promotion review committeeの仕事で、人の昇進の応募書類を読んでいます。『アメリカの大学院で成功する方法』を読んでいただいたかたはご存知のように、アメリカの大学では、いったん教授職に就職しても、テニュア(終身雇用権)を獲得するまではせっせと論文や研究書を書いて業績をあげないとクビになってしまうし、そのテニュア取得や、助教授から准教授、そしてさらに教授への昇進のためには、かなり七面倒くさい審査のプロセスがあります。審査そのものの実際の厳しさは、大学によってまちまちですが、手続きそのものは相当大がかりなものです。自分が応募するほうの立場にいたときは、大量の書類を準備するのが面倒だという気持ちでいっぱいでしたが、審査をする側にたってみると今度は、プロセスの大がかりなことのほうに仰天します。

応募者が提出する分厚い(何百ページにもなることもある)書類は、他大学に勤める、その分野の専門家数人(これも大学によりますが、5−7人くらいが一般的)に送られ、その専門家たちは、その人がテニュアや昇進にふさわしい業績をあげているかどうかについて、かなり丁寧な審査レポートを書きいます。本人の書類とその評価レポートは、まずは学部内の人事委員によって審査され投票されます。その次に、学部長が独立した審査と投票をします。そして今度は、dean(日本の大学ではこのdeanに相当する役職がないですが、アメリカの「学部長」は日本の「学科長」により近いとすれば、アメリカのdeanは日本の「学部長」に近いかもしれません)がすべての書類と投票結果に目を通して、また独立した投票をします。そしてさらに、大学の各分野の教授で構成された人事委員会でそれらの書類がまた審査され投票されます。(私がいま入っているのはこの人事委員会です。)そして今度は、大学総長そして理事によって審査されます(ただし普通この段階まで行ったら、よっぽどややこしいケースでなければ、総長が票をくつがえすようなことは滅多にありません)。ハワイ大学の場合、ひとつの人事委員会は八人ぶんの審査を担当するのですが(その年に何人の人がテニュアや昇進に応募するかによって、人事委員会そのものの数も変わってきますが、たいてい一年につき数十個の人事委員会が組まれます)、なにしろ一人の書類がそれぞれゆうに百ページ以上もあるし、人の人生に関わることだからいいかげんにすることもできないしで、気が遠くなるくらい大変な作業です。よくもまあこんな大掛かりなことをアメリカの大学はどこでもやっているなあと、感心してしまいます。

さて、この書類を読む前は、次号の『新潮45』の原稿を書いていたのですが、次号のトピックはなんとずばり、セックスです。セックスにまつわるさまざまな用語や表現を、例文入りで懇切丁寧に説明していますので、乞うご期待。(笑)で、そのセックス原稿を書いている矢先に、今週末のニューヨーク・タイムズ・マガジン(毎週日曜日についてくる付録のようなものですが、付録にしてはものすごい充実ぶりで、それだけで読み物としてもじゅうぶん勉強になります)に、What Do Women Want?という長文記事が出ました。「女性はなにを求めているのか」ということですが、内容は女性の性欲のありかたを、最先端の神経科学や性科学がどのように分析しているか、という記事で、とてもとても興味深いです。男性と比べると女性は身体的な性反応が感情や気分により密接に結びついている、というのは一般常識として知られていることですが、それは具体的にはいったいどういうことなのかを、いろいろな実験をして(男女それぞれの被験者の性器にセンサーのようなものをつけて、さまざまなタイプの性行為の映像を見せ、本人が自分の気分をどう説明するかと、その人の身体的な反応との関連を調べるとか、ゴーグルのような眼鏡をかけた男女にポルノを見せて、眼が画像のどの部分を追うかを調べるとか)データを集計している研究者が何人かいるらしいのです。データを分析してみると、一概に「女性の性欲とはこういうふうになっている」とはなかなか言えない要素が多く、そのこと自体もなかなか面白いです。日本でセックスレス・カップルが多いのはしばらく前から話題になっていますが、アメリカでも長年結婚生活を続けているカップルの場合、感情面で二人の関係は円満でも、日常生活からくる惰性や年齢に伴う身体やホルモンの変化によって、セックスがなくなったりあるいは女性にとって苦痛になったりするケースは多く、女性の性欲を維持したり高めたりするにはどうしたらよいか、というのは多くの男女にとって切実な問題です。ヴァイアグラの登場によって男性にとっての性的な悩みはだいぶ解決された部分もありますが、そもそも男性の場合は、性欲ではなく勃起が問題なわけで、勃起さえ無事にできれば、性欲が起こらないからせっかく勃起したものを使う気分にならない、という状況はまずないのに対して(要は、男性はいつでも性欲そのものはあるということ)、女性の場合は、そのように化学的に身体を操作することは、性欲という神経学的な問題の解決にはならない、とのことです。ふーむ、なるほど。

この記事にも出てきますが、これまでアメリカにおいてもっともインパクトのある研究であるいわゆる『キンゼイ報告』の著者である動物学者・性科学者アルフレッド・キンゼイの生涯と仕事を描いた映画『愛についてのキンゼイ・レポート』もとても興味深いです。(前のランダム映画選の投稿に、『トルーマン・ショウ』や『You Can Count On Me』をあげましたが、これらはすべてローラ・リニー主演。私はローラ・リニーは一番好きな女優のひとりです。)映画の原題は単なる『Kinsey』で、内容からしてこれに「愛について」とかいう余計な修飾をつけるのは不正確でもあるし悪趣味でもあると思うのですが、まあそのへんは、観てみて判断してください。